北の大地の南側から

サッカー・フットサルを中心にスポーツの話題を、時には楽しく、時には厳しく記していくブログです。

歴史を紐といてサッカーとラグビーの競技性の違いを考えてみた

こんにちは! Nishi です。

 

先日はサッカーとラグビーの競技性の違いについて一筆しました。

 

サッカー選手はすぐ痛がって転んで醜いとか、一部の事象だけをくり抜いて批判しているのを見て、僕なりの見解と反論をしました。

www.mariaazzura-nishi.com

元々同じ競技から派生した競技であって似ている部分もある。

 

しかし、世間のイメージは身体をぶつけ合う野蛮なイメージとは裏腹にノーサイドの精神のある紳士のスポーツのラグビーと、華麗な技とスピードの裏に小突き合いや騙し合いのあるサッカー。

 

果たしてこの競技性に違いなどはどこからきたのか?

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少し歴史の話しになります。

 

時は西暦1800年代。

 

元々フットボールという競技は、学校の対抗戦でルールの食い違いでサッカーとラグビーに分かれました。

 

出発点でいえば、学校に通えるほどの上流階級の人達のスポーツだったのです。

 

1800年代は産業革命まっただ中で、英国は経済的にも豊かになっていきました。

 

そして学生達も、学校を卒業して働くようになります。

 

この学生達が、職場の人達にサッカーやラグビーを広めるきっかけになっていきました。

 

ラグビーに比べ反則が厳格ではない、サッカーは当時炭鉱や造船業、工場労働者に受け入れられ、労働者階級に広まっていきました。

 

その労働者階級、特に造船業や炭鉱マン達は、賃金を少しでも多く稼ぐため外国などに出稼ぎにも出ていました。

 

この出稼ぎ労働者達が、こぞって行った先が南米やガーナやナイジェリアといった象牙海岸地域などに行き、サッカーが広まっていきました。

 

この辺の地域は、今現在でもサッカー強国が多い地域になっています。

 

一方ラグビーは、ルールが厳格で中世のフットボールに近い形式を残しているという自負があるのかわかりませんが、誇りや伝統を重んじる貴族階級に受け入れられました。

 

その貴族階級は、学校を卒業後は当時英国が持っていた植民地の統治に海外へ赴任することが多かった。

 

当時の英国植民地は、南アフリカやオーストラリア、ニュージーランドなどのオセアニア地域に赴任し、そこで現地の人達を交えラグビーを行っていました。

 

現在この地域はラグビーの強国になってますね。

 

このように世界へ伝播したルートの違いにより、競技の性格が変わっていったと思います。

 

労働者階級に受け入れられたサッカーは、野心的で社会的に中流以下の身分の人たちが上流階級に刃向う反骨精神みたいなものなのかもしれません。

 

それはそれで人間の本能のひとつであり、人間味のある部分だと思います。 

 

貴族階級に受け入れられたラグビーは、洗練された技術と高貴なプライドをぶつけ合う騎士道の戦いに見立てた舞台を求めたのかもしれません。

 

例えば、最初のキックオフのキックは相手側に渡るように前に蹴るというものもあります。

 

こういう紳士的なルールが残るのもラグビーの特徴ですね。

 

サッカーのような泥臭さが残るスポーツと、騎士道精神のように紳士的に振る舞うラグビー。

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どちらも人間の根幹にある部分を感じさせるスポーツだと思います。

 

自分が好きなスポーツだけを特化・美化させ、他のスポーツの良さや本質を蔑む行為はよくないと思う。

 

逆に他の競技の良い部分を、自分がやっているスポーツに還元する方がよっぽどそのスポーツの発展に繋がると思う。

 

自分自身にも、そう言い聞かせなきゃすぐ忘れるので注意したいと思う。

 

ご拝読ありがとうございました。

 

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